言葉少ない帰り道から一夜明けた今日は、昨日とは違うのだ。
朝の教室に向かう私は、そのことにまだ気づいていなかった。



第四話



たぶん昨日は、にとって幸せな帰り道だったんだろう。
教室に入ると、テンションの高い彼女が席に座り元気よく手を振っているのが見えた。

「おっはよ〜!昨日は超楽しかったね!」
「おはよう。ってば、ずーっと不二先輩と話してたもんね〜」

今とは正反対に、顔を赤くして緊張しながら話していたを思い出し、私はくすっと笑う。
カバンを机に置いて、空いている彼女の隣の席を借り談笑を続けた。

「まじ幸せだったぁ〜・・・今日も一緒に帰れないかなぁ!?」
「う、う〜ん・・・」

私の場合、昨日はとは違った意味での緊張感を味わった。
また同じ雰囲気の中で帰るというのは、ちょっとキビシイ。

一つ年下の越前君は、話をするのがあまり好きではないらしい。
そりゃあ、お互いのことなんて何にも知らないのに、いきなり話せって言うほうが酷だよね。

昨日の帰り道では、たった一言二言だけの会話だった。
相変わらず彼の目をまっすぐに見ることはできなかったけれど、でもほんの少し、凄いなと純粋に思える自分が心の隅にいる・・・
気がしなくもないような。
短くても何かしら言葉を交わしたお蔭かもしれない。

そのままの幸せそうな話を聞いていると、挨拶をしながら桃ちゃんが教室に入ってきた。

「おはよう、桃ちゃん」
「おう、おはよっ」
「ね〜桃、また今日も不二先輩達と帰れない?」

朝の挨拶も早々に、は帰り道のおねだりを開始した。
本当に嬉しそうな彼女を見ると、私一人が嫌がるわけにも行かず大人しく成り行きを見守る。
少し考えたあと桃ちゃんは、無理じゃねーと思うけど、と続けた。

「そんな一緒に帰りてぇんなら、俺が不二先輩にが一緒に帰りたがってるって言っとくか?」

願ってもいない答えじゃないだろうか。
てっきり大手を振って喜ぶかと思ったが当の本人は激しく拒否をしていて、思わず桃ちゃんと顔を見合わせた。

「ダメダメ!なんかこう・・・もっと自然に、一緒に帰りたいじゃん?」
「・・・分かんねーな、分かんねーよ」
「桃にはこの複雑な乙女心なんて分からないよ〜だっ」
「あっ、このやろ!誰が乙女だって!?」
「あたしよ、あたし!!」

まるで似たもの同士の二人、じゃれあう姿に思わず笑ってしまった。
ついこの間まで、同じクラスなのにほとんど話さなかったのがウソのようだ。
テニス部見学を経て、こうして男子生徒とも話すことが増えて会話の幅も広がった気がする。

楽しそうな二人を見ていると、私もいつか越前君とこんな風に話せるのかなとふと思う。
昨日のことが、幾度となく頭をよぎった。

「ねぇ、そういえばはどうだった?越前リョーマと何か話した?」
「えっ?」

ちょうど頭の中に思い描いていた人物の名前が出て、慌てて返事をすると目の前の二人が同じような表情で私を見ていた。

「えっと・・・特に。学年と・・・名前ぐらい」
「うわっ。あの帰り道の間で話題それだけ?大変だったね〜」
「あいつもともと口数少ねーからな。無愛想だけどよ、ま、根はいいやつだぜ」
「へぇ〜。でもやっぱ、愛想も必要よね。不二先輩みたいに!」

の言葉に、私は思わず頷いてしまった。
ニコリともしない相手と話をするのは、こちらとしてもかなり辛いものがある。
そういえば、テニス部の時も話をしている越前君をあまり見たことはなかった。

自分の考えに耽っていた私は、この時目の前で交わされていた会話を全く聞いていなかった。

、お前・・・不二先輩の本性を知らねーからそんなこと・・・・!おっと、言えねーな、言えねーよ」
「え!?せ、先輩の本性って・・・!?」
「ん〜?まあ〜・・・ジュースおごってくれたら言うかもしれねーな」
「おごるおごる!!」
「うっし。じゃ、昼休み一緒に飯食おーぜ。屋上で」
「おっけ〜♪」

思考の海から顔を上げた私の目の前で、がなぜか桃ちゃんに敬礼をしている。
話をよく聞いていなかったので説明を聞くと、なんでも今日のお昼は桃ちゃんと三人で食べるらしい。
屋上でお昼ご飯なんて久しぶりだ。

少し教室の騒がしさが収まり、先生が扉を開けて入ってきた。朝のHRが始まる。
昼休みに入ったら購買で飲み物を買うというに了解し、席を借りていた子にお礼を言うと私は急いで自分の席に戻った。

もしお昼の場所が屋上じゃなかったら、もし桃ちゃんが越前君と仲良しだってことを知っていたら、
この先の未来は、たぶん、まったく違うものになっていたのかもしれない。


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