第二十六話
青空から降り注ぐ日差しの暑さは夏の到来を予感させる。
広がる学校の屋上に木陰などもちろんないけれど、出入り口の扉付近にある壁に寄りかかれば、私との身体は
うまい具合に日差しを避けることができた。
目の前に座りお弁当を頬張る桃ちゃんとその隣でパンを口に運ぶリョーマ君は、日焼けなんてなんのその。
屋外でスポーツをしている男の子は太陽なんて気にしないのだ。
リョーマ君がお昼休みに戻ってきてから数日経った。
当初久しぶりに屋上にやってきたリョーマ君を見て、気まぐれな奴だなと桃ちゃんは自己完結し、
は特に深く突っ込まず、「おひさ〜」と挨拶するに留まった。
その時の私は緊張していて恐らく表情も固かっただろうけれど、そんな私に彼はパックの苺牛乳を手渡してくれた。
もらったからあげると言われ、ありがとうと答えた時に泣きそうになったのは内緒だ。
目の前にいるリョーマ君をちらりと見ると、ちょうど彼のコロッケパンが桃ちゃんに奪われているところだった。
「ちょっと桃先輩、それ俺の!」
「かてぇこと言うなって!お前いつもこれくらいで腹いっぱいになるじゃねぇか。最後のパンは俺が・・・」
「今日は腹減ってるんスよ」
大口を開けて食べようとしたところをすかさず取り戻すと、リョーマ君はすぐさまパンにかぶりついた。
どうやら桃ちゃんはまだ満腹にならないらしくお腹をさすっていて、徐に購買行ってくると言って立ち上がった。
「・・・あ、あたしも!」
「えっ、!?」
既に食べ終わっていた彼女は桃ちゃんの声を合図に跳ねるように立ち上がると、私にウィンクをして屋上を出て行った。
ちゃっかり荷物も持っていったようで、恐らく二人とも屋上には戻ってこないだろう。
突然二人きりにされてしまい、私は動揺を隠すように黙々とお弁当を食べ続けた。
青学で仲直りをしてから、私は以前と同じようにテニス部を見に行っている。
そのあとリョーマ君と二人きりで帰ることはあったけれど、その時はある程度予想しているので心の準備が整っているのだ。
でもこんな風に突然なってしまうと、頭が現実に追いつけず緊張が一気に襲い、何を話したらいいのか分からなくなってしまう。
それはまるで、初めて出会った日の帰り道のようだった。
あの時は今のような感情はなかったけれど、何を話せばいいのか分からず、会話が続かず困ったものだ。
「桃先輩の胃袋って、ほんとどーなってんだろ」
だけど、今の彼は以前の彼ではない。
自ら会話を発し、私の受け応えにも一言ではなく二言も三言も返してくれる。
「ん・・・ほんと、凄いよね」
逆に、会話ベタになったのは私の方かもしれない。
もっと色んなことをお話したいのに、余計な緊張が思考に霧をかけ私の口を重くさせてしまう。
この場にあと一人第三者がいてくれると、もう少し流暢に話せるんだけれど。
ろくな返しをしない私に気にする風もなく、リョーマ君は話を続けた。
「ねぇ、そういえば先輩って文系だよね」
「え、・・・うん、どちらかと言えば」
急に話題が変わったことで気をそがれ、肩の力を抜いて頷く。
そういえばいつだったか、公園でお互いのことを話したとき好きな教科か何かを聞いた気がする。
「古典をさ、教えてほしいんだけど」
「・・・私、に?」
「他に誰がいんの」
おかしそうに笑うリョーマ君を見て、落ち着いたはずの胸の高鳴りが騒ぎ始めた。
なんてことない会話のやり取りの中で見せてくれる笑顔は、私の熱を急速に上げてくるので少し困る。
「もうすぐテスト近いし、部活も忙しくなってきたし・・・自分でやるには、ちょっと時間が足らない」
「そ、そっか」
「それに、お礼してくれるんでしょ?」
この間の、という彼の言葉に、私はハッとした。
そうだ、絵が描けるようになったからお礼を考えて、と言ったのは自分ではないか。
リョーマ君はちゃんと覚えていて、そして彼なりに考えてくれたのだ。お箸を持つ手に力を込めて私は勢いよく頷いた。
「うん・・・うん!お礼させてください!」
「じゃ、決定。先輩、いつなら平気?」
「私はいつでも・・・リョーマ君、大会近いんだよね」
私の言葉に、彼は考えるように少しうつむく。
コロッケパンはすでに食べ終わっていて、ゴミとなった袋は風で飛ばされないようファンタの缶の下敷きになっていた。
「・・・まぁ、ミーティングだけの時もあるから」
なんとかなると思う、そう彼は呟いた。
「大丈夫な日、教える」
「ん、分かった」
胸を打つ鼓動は相変わらずだけど、彼と過ごせる時間が増えることが嬉しくて自然と笑みがこぼれる。
私につられるように、リョーマ君の口元が小さく笑っていた。
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