親友に引っ張られてやってきたそこは、強い意志と力がぶつかり合う場所だった。



第一話



緑のフェンスに囲まれた中には、同じように緑のコートが広がっていた。
その中にいるたくさんの部員達のかけ声が、青空へとぬけるように響いている。
体育の授業でコートを使用したことはあったけど、彼らが立っているとその場所はまるで別物だった。

一年生の素振りの音は、元気のよい掛け声と混ざりとても力強い。
その近くにいる見慣れた緑のジャージを着た人達は、よく目をこらして見るとなんと同じクラスの人達だった。

っ。荒井君達がいる!」
「え、知らなかったの?」
「う、うん・・・」

クラス替えをしたばかりで、誰がどの部活に入っているかはもちろん、男子ともまだあまり会話ができていない。
その点、は同じクラスだけでなく他のクラスや先輩後輩についても詳しいことがあるので、驚かされることがよくあった。

、うちのクラスに桃城君っているでしょ?つんつん黒髪の」
「あ、うん、分かるよ。お昼すごい量食べてたよね」
「彼もテニス部だよ。どっかにいるんじゃない?」

桃城君はクラスの中で一番目立つ存在だった。

身長が高いということもあるけれど、その明るい性格と人懐っこい笑顔は男女ともに人気がある、クラスのムードメーカーだ。
彼とは特に仲良しと言うわけではないけれど、会話をしたことは数回あった。

探そうとしたとき、ふと周囲から高い声が聞こえた。
見ると、私たち以外にも何組かの女の子がフェンスにかじりついて見ている。

以前、男子テニス部は女子にものすごく人気が高いと耳にしたことがあったけれど、正直ここまでとは思わなかった。
芸能人みたいだね、とを振り返ると、なんと頬を染めた乙女な彼女がそこにいる。
そっか、きっと気になる人がいるんだろうな。

視線をコートに戻すとラケットを肩に担いだ桃城君が見つかり、同時に小さな疑問がわいた。

「ねぇ。桃城君と荒井君のジャージが違うのってどうして?」
「あぁ、桃城君が着ているのはレギュラージャージよ」
「レギュラー?」
「そう。大会になったら、そのレギュラーメンバーで試合をするの。ま、精鋭部隊ってとこね」
「そうなんだぁ・・・桃城君、すごいね」

青いジャージを着ている人は、数人いて皆背が高い。
感心していると、がレギュラー陣の説明を始めてくれた。

「あの眼鏡かけてるクールな人が部長の手塚先輩ね。で、手塚先輩と話している超美形が不二先輩。それであっちの・・・」

ひょっとしたら、先程の彼女は不二先輩を見ていたのかもしれない。
今の説明で、『超』がものすごく強調されていた気がする。

「で、黒縁の四角い眼鏡をかけてる人は乾先輩。いっつもノートを持ってて、いろんな人のデータをそこに書き込んでるんだって」

一体、彼女はなぜそこまで詳しいのだろう。
そんなに覚えられないよと呟くと、徐々に覚えていけばいいじゃんと返されてしまった。

「桃城君と話しているのが菊丸先輩。で、菊丸先輩の斜め後ろにいる人が、隣のクラスの海堂君。バンダナ巻いてる人ね。
んで、むこうにいるのが河村先輩。あっちにいるのが大石先輩」
「う、う〜ん・・・」

もう誰が誰だか・・・少し、目が疲れてしまった。

名前と顔をすぐ覚えることはできないけれど、皆の自信に満ちたその表情はとてもかっこよかった。
好きなことをやって、そしてそれを分かち合える仲間がいて、ライバルがいて。
桃城君だけでなく、もちろんレギュラー陣だけでなく、部員の人達全員が改めてすごいなと実感した。
今素振りを頑張っている一年生達は、そんな先輩方を見て成長していくんだろう。

ようやく説明が終わり、教えられたことを頭の中で繰り返していると、が「あ」と声を出した。

「そうだ、まだ一人いたんだ」
「も、もう覚えられません〜・・・」
「だーいじょうぶ!一番覚えやすい子だと思うよ。さっき説明した乾先輩ってね、・・・」

それよりなんでそんなに詳しいの?と聞く前に、耳打ちされ反射的に肩を潜める。

「三年のレギュラーなんだけど・・・少し前にレギュラーを決めるランキング戦があって、負けちゃったんだって」
「そうなんだ・・・それで青ジャージじゃないんだね」
「そう。ね、誰に負けたと思う?」
「え?だ、誰って・・・」

まだ覚えていない人達を目で探し、うろ覚えな名前を頭からひっぱりだした。

「部長さんとか?・・・てづか部長?」
「ぶー。確かに超強いって噂だけどね。もっと意外な子。ってか、一年」
「一年生!?今年入ったばっかりの新入部員ってこと?」

さっきが説明した中ではほとんどが三年生で、二年は桃城君とバンダナの人だけだった。
素振りをやっている一年生たちの中に、正直それらしき子は見当たらない。

「一年のスーパールーキー君でね、先輩相手でも超強気のテニスするんだって」

ほらあそこ、と教えてくれたその子は、レギュラーの中で一番背の低い男の子だった。
白い帽子をかぶっていて、表情は良く見えない。
誰かに何か言われたのか、その子は小さく頷いてコートに入っていった。

「あっ、やば、不二先輩が・・・」

私が見ているコートの反対側に視線を変え、は乙女モードに入ってしまった。
どうやら近くで見たいらしく、ちょっと待っててと彼女は足早に離れて行ってしまう。
横に倣って同じように不二先輩を見に行ってもよかったのだけど、なんとなく帽子の彼が気になった。
その一年生は右手に赤いラケットを持ち、対峙しているのは二年の知らない男の子だった。

半ズボンから取り出したボールを二度三度と地面に打ち、動きが止まると顔をあげ、帽子に隠れていた表情が見えた。
相手を見据えるその子の強い瞳に、私の呼吸が一瞬とまる。

それは瞬きをする暇もなかった。

赤いラケットが振り下ろされた次の瞬間、ボールはネットを越え相手の傍で強くバウンドし、そのままフェンスに当たって跳ね上がった。
それはあまりにも近くで起こったことで、驚きのあまり後ずさりをしてしまった。
とっさに飛び出そうになった声を抑えようと口に当てた手は、とても熱くなっている。

対峙している相手は冷や汗をかいたようだ。
私からは背中しか見えないけれど、なんとなく雰囲気でわかった。
相手を尻込みさせた張本人は帽子を軽く持ち上げ、涼しい顔をして口を開く。

「次、行くよ」

離れているはずなのに、その声は空気を震わせ確かに私の耳に届いた。
声だけで分かる、自信に満ち溢れ、どんな相手でも怯まず臆さない男の子なんだと私は思った。
その心の力強さに、胸がしめつけられそうになる。

無意識のうちにフェンスに手をあて、もう一度試合に目を向ける。息がつまりそうだった。
だけど再びボールを手にした彼は、何を思ったのかいきなり顔をあげこちらを見た。

先程と同じ大きな、強い輝きをもつ瞳が私を捉える。

とっさのことで慌ててしまい、体ごと思い切り横を向いて視線をはずした。
そんな私は、誰がどう見ても不自然だったかもしれない。
少しの間をおいて視線を戻すと、ちょうどラケットが振り下ろされるところだった。
私がじろじろ見ていたことには気付いていないだろう。そう信じたい。

ホッと息を撫で下ろし、気を紛らわそうとのところへ向かう。
彼女はずっと不二先輩を見ていたようで、赤くなった頬はまるで林檎のようだった。

、あの一年生すごいね」
「そうよね〜。色々話し聞くけど、ホント天才みたい。やっぱ天性の素質とか、才能があるんだろうね」
「ん・・・」

まっすぐに前を見て、ひたすらボールを追いかける。
一年生でレギュラーなんて、才能に恵まれているんだろうな。
きっと彼は、将来プロになるのかもしれない。

結局、部活が終わるまでずっと“見学”をしていたその日、私は彼の名前を知った。
コートの上で生き生きとテニスをする越前君の姿は、しばらく私の脳裏から焼きついて離れなかった。


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