!この夢小説は桜乃視点 の為、ワンクッション置かせていただきます
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尚、苦情はご遠慮くださいませ
私がテニスを始めたきっかけ、それは越前リョーマ君という男の子の存在だった。
同い年にも関わらずクラスの誰よりもクールで怖いもの知らずな彼に、私は瞬く間に惹かれていき恋をすることになる。
放課後の部活観戦は毎日の楽しみの一つ、そして大会の応援では、リョーマ君の活躍に心のときめきは高まるばかり。
少し無愛想だけど優しい、そんな彼に彼女ができたと知ったのはつい最近だった。
Yell
その日、帰りのHRが終了し教室から出た私は足早に図書室へと向かっていた。
腕の中にある本は今日が返却期限、すっかり忘れていたため危うく期限を過ぎてしまうところだった。
教室に置いてきた鞄は朋ちゃんが見てくれているので安心だけど、あまり待たせるわけにはいかない。
小走りで廊下を進み角を曲がり、途中会った女子テニス部の先輩と挨拶を交わした。
部活は、今日はお休みなのだ。
あまり人気の少ない図書室前に着いたところで、私はやっと息を整えた。
薄く開かれている扉をそっと開き中を覗いてみると、話し声や足音、それと棚に本を入れている音がする。
姿が見えないので、音を出さないように中に入り扉を静かに閉めて図書カウンターを見た。誰もいない。
人の気配がするところまで足を進めてみると、本棚の端っこから見知った姿が見えた。
(リョーマ君、だ)
どうやら今日の図書担当らしい。
こちらに気付くことなく本の整理をしている彼に見られないよう死角に引っ込んだ私は、急いで前髪を整えスカートの皺を伸ばす。
三つ編みも解けていないか確認して、加速した心臓を宥めて一歩を踏み出した。
その時、私が声を出すよりも早く、可愛らしい声がリョーマ君の名前を呼んだ。
「ここも順番違うよ〜・・・あ、これも。こっちも!」
早い鼓動を打っていたはずの心臓が一瞬止まった気がした。
慌てて再び死角に隠れ、本棚の隙間から覗き込んでみると綺麗な髪が目に入る。
彼の隣で同じように座り込んでいるその子は、リョーマ君の彼女であるさんだった。
胸が、ちくりと痛い。それでも私は目を離すことができなかった。
すぐ近くにいる私に気付くこともなく、二人はてきぱきと本を棚にしまっていく。
さんはリョーマ君の手伝いに来たようで、彼の指示を受けながら楽しそうに会話をしていた。
「、そっちの棚はもう終わったからこっち手伝って」
「あ、うん」
横長の本棚の端から真ん中に移動した二人に合わせるように、足音を忍ばせた私の体も動いていく。
隙間から見え隠れするリョーマ君の表情はとても穏やかで優しくて、あんな彼を見たのは初めてだった。
きっと、さんにしか見せない一面なのかもしれない。
分厚くて重そうな本は彼女に持たせようとしない、さり気ない優しさに暖かい眼差しが、私の胸を苦しくさせる。
立ち聞きなんてよくないと思っていても、心に反して足はまったく動いてくれなかった。
だけど本を返さないといけないし、人を待たせているしいつまでもここに居るわけにはいかない。
でも声をかけるタイミングがなかなか掴めなかった。
ふとさんが整理する手を止め、棚から一冊を抜き取り表紙をめくった。
パラパラと乾いた紙の音と彼女の声が、私の耳に聞こえてくる。
「この本、読んでみたいんだよね・・・でも二巻がいっつも借りられてるの」
同じように手を止めたリョーマ君が覗き込むと、それ全巻家にあるよと言って整理を再開した。
「今度、まとめて貸すよ」
「わっ、ありがとう!」
そんな会話を聞きながら何て声をかけようかと考えあぐねていた時、リョーマ君の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「が今ここで、キスしてくれたらね」
「も、もう!リョーマ君!」
(えぇぇー!?)
空耳かと思ったけどそうじゃなかった。
驚きで出そうになった声は寸でのところで止まったけれど、バクバクと暴れ出した心音が聞こえてしまうんじゃないかと冷や冷やした。
それにしても、リョーマ君があんなに大胆なことを言うなんて・・・!
やっぱり普段の彼と、さんの前での彼とは違うのだと私はこの時初めて知ったのだった。
ようやく落ち着きを取り戻せるようになった頃、二人も終了が近いのかペースが少し早くなってきていた。
やっぱりこのままではいけない、とはいえ立ち聞きしてましたなんて言える訳もないので、さり気なさを装って室内を歩こうと私は決心した。
一度そっと入り口近くまで戻り、今度は足音を響かせて図書室内を歩き、二人のいる棚に近づいた。
するとすぐにさんがひょっこりと顔を出したので、返却の旨を伝えると彼女は笑顔で頷いた。
いつも遠目に見ていたその姿を間近で見たのは、今日が初めてだった。
可愛い人だとは思っていたけれど、こうして見ると本当に可愛い顔立ちをしていて、同性だというのになんだかドキドキしてしまう。
その場で私から本を受け取ったさんが、少し離れたところにいるリョーマ君に声をかけた。
どうやらいつの間にか違う棚にいたようだけれど、私達の話は聞こえていたらしく彼は先に図書カウンターまで歩き返却場所に座った。
そうして返す人物が私だと気付いたリョーマ君は少し驚いた後、早く持って来いというようにじっと視線を寄越す。
(は、早く行かなくちゃ!)
焦った私は、本をさんが持っていることをすっかり忘れて踵を返す。それがいけなかった。
慌てた心に体の反応が遅れて、片足に自分の足を引っ掛けてしまい大きくバランスを崩して前のめりになった。
その途端に目の前の風景がスローモーションに見えて、顔面直撃を免れようと本能で体を左に捻る。
背中に固い本棚の衝撃が来るはずがそんな痛みはなく、結局私は片腕から床に倒れた。
「!」
図書カウンターの方から、リョーマ君の慌てた声と足音が聞こえてくる。
ハッと目を開けて、私はようやく自分の体がさんに守られていることに気付いた。
背中に本棚が当たらなかったのは、後ろから抱きかかえられているからだった。
床に当たった片腕も彼女の腕が下になっているからで、私自身に痛みはほとんどない。
急いで起き上がり、倒れたままのさんに呼びかけた。
「さん!ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
ぶつかった衝撃で何冊か本が落ちている。
中には分厚いものもあって、もし頭を打ってしまっていたらと私は青褪めた。
スカートからはみ出している綺麗な足には、目立った外傷はない。
さんはすぐに起き上がり床に手をつき、にっこりと微笑んだ。
「いたた・・・大丈夫?」
「本当にごめんなさい!私・・・私おっちょこちょいで・・・!」
「私は平気だよ。軽いから衝撃なかったもん」
怪我はしていないようだけれど、痛かったはずだ。
ごめんなさい、と再度呟く私の横で、リョーマ君の少し怒った声が響いた。
「そういう問題じゃないだろ?」
心配かけさせまいとするさんの言葉が気に入らないのか、怒り半分呆れ半分で私達を見ている。
その空気に居たたまれなく泣きそうになると、彼女はスカートをはらって立ち上がった。
「本当に大丈夫だよ。転ぶことなんて、誰だってあるし」
でもリョーマ君に心配かけたのはごめんなさい、そう言って未だ床に座っている私に、さんはそっと両手を差し出した。
「支えようとしたんだけど私も転んじゃった・・・ごめんね。どこも怪我してない?」
「はい・・・すみませんでした・・・」
落ち込む私の手を取って立ち上がらせてくれた彼女は、床に散らばった本も拾い上げその中の一冊をリョーマ君に手渡した。
「はい、図書委員さん」
「・・・」
何事もなかったかのような笑顔で告げられたリョーマ君は、小さな溜め息を吐いて本を受け取りカウンターへ戻っていった。
どうしよう、彼を怒らせてしまった。
大事な彼女さんが危うく大怪我をしそうになったら、誰だって怒るだろう。
リョーマ君にも謝らないと、でも足がすくんで動けない私の背中に、後ろからそっと手を当てられた。
「そんなに気にしないでね?リョーマ君、心配してるだけだから」
「・・・はい・・・」
さんの手が当たった背中は暖かくて、じわじわと勇気が湧いてくる気がした。
意を決し、カウンターの席に座り貸出カードに何やら書き込んでいるリョーマ君に近づくと、彼は顔を上げた。
真っ直ぐ合ったその目に、怒りの色はない。
ごめんなさい、と私は腰を曲げた。
「お騒がせ、しました・・・」
「・・・もういいって」
恐る恐る顔を上げると、返却承りマシタと彼は呟く。
申し訳なさで気持ちが落ち込み何も言えないでいると、大きな溜め息が聞こえて思わず肩を竦めた。
「まだまだだね、アンタ」
そう言った彼の口元は薄く微笑んでいる。
その一言で体中の力が抜け、ホッとした私もぎこちなく微笑み返した。そしてもう一度、さんに向き合う。
「本当にすみませんでした」
「ううん。お互い無傷だったし、結果オーライだね!」
今日一番の笑顔を向けてくれたこの時、リョーマ君がさんを好きになった理由がなんとなく分かった気がした。
二人はとても、強く強く想い合っている。私はそう実感したのだ。
図書室を出る際、そっと振り返ってみると二人はカウンター越しに話をしている。
その様子に笑みを浮かべ、私は朋ちゃんの待つ教室へと急いだ。
初めてリョーマ君に彼女ができたと知った時、とても辛くてご飯が喉を通らない日があった。
辛くて悲しくて、どうしてもっとアプローチしなかったんだろうと自分を悔やんだ。
校内で見かける二人の姿を目にする度に落ち込み、やっぱり現実の出来事なんだと肩を落としていた。
早く別れてくれないかなんて、そんな自分勝手な考えまで持っていたのだ。
だけど今、私の醜い気持ちは暖かなものに変わりつつある。
大好きなリョーマ君が幸せそうな表情をするのは他でもない、さんという人が存在しているからだ。
もちろん何も未練がないかと言ったら嘘になるし、彼に対する憧れが無くなったわけではない。
それでも二人が笑顔でいられるのは、とても素敵なことだと思う。
だから私はリョーマ君とさんのカップルを、応援し続けようと心に決めたのだ。
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嫉妬と言う感情は悪いものではないと思います
ですがやはり、二人を応援したくなる、そんな暖かな気持ちも芽生えさせてくれるような恋人同士でいてほしいのです