窓から見えるのは、青い空と真っ白な入道雲。
クーラーのきいてる部屋で聞こえるのは、かすかなセミの声と、カリカリと文字を書く音だけ。

八月の暑い日、とリョーマは越前家で夏休みの宿題と格闘中だ。



Teach it!



リョーマの部屋にある折りたたみ式の四角い小さな机で、二人は向かい合って宿題をしている。
英語のテキストをめくり、は背もたれにしているリョーマのベッドの上で、ぐっすり寝ているカルピンを見つめた。

無防備なお腹をさらけ出し、とても気持ちよさそうに眠っている。
猫じゃらしの夢でも見ているのか時々足をピクピクさせ、手は何かをつかむような仕草をしていた。
そんなカルピンの愛らしい姿に、は思わず笑みをこぼした。

その小さな声を聞き逃さなかったリョーマが目を向ける。

「・・・ねぇ」
「ん?」
「手、止まってる」
「あ・・・うん」

数学のプリントを解いてるリョーマの右手が、の手をそっとつかんだ。
急に触れた体温にドキドキする心臓をなだめ気を取り直し、宿題を再開しようとしたがふと掴まれた手が
一向に離れていないことには気付く。

「・・・リョーマ君」
「なに?」
「・・・書けないんですケド」

彼女の困ったような声にも当の本人はまったく動じず、一呼吸置いてようやく理解したリョーマはゆっくりと手を離した。
どうやら意識せずに握っていたらしい。

恥ずかしそうに頬を染めるとは対照的に、至って冷静な彼は黙々と数学の問題を解いていく。
再び気を引き締め、はテキストと格闘した。



「・・・ね、リョーマ君。ここの英文ってどう訳すの?」

計算問題をちょうど解き終わったリョーマに控えめに声をかけ、教科書を見やすいように傾ける。

が帰国子女のリョーマに英語を教えてもらうことはしょっちゅうだ。
いくら一つ年上だからといっても分からないものは分からないし、何よりいつ聞いても彼は丁寧に教えてくれる。
もっとも、それは限定なのだということを彼女は知らないのだが。

「どこ?」
「んー、ここ」

長文の中の一文をシャーペンで指し示すと、覗き込んだリョーマはすぐに答えを教えた。

「ああ・・・これは、この“up with”と使って一つの単語になるから・・・」

英語のテキストに薄く線をひき、答えの文字を小さく書き込んでいく。

「で、ココは過去形だから・・・分かる?」
「“私はすぐ彼らに追いついた”?」
「そう」

正解と言って、の頬に軽くキスをする。
ふいを付かれ真っ赤になって怒る彼女をはいはいと軽くなだめたリョーマは、ベッドを背もたれにしている
の隣に座るとさらりととんでもないことを口にした。

「ここの方がキスしやすいんだよね」
「!?」

その言葉に案の定逃げようとするの腰をガッチリつかまえる。

「ほら、まだ英文の続きあるでしょ」
「じっ・・・自分でやります!リョーマ君、辞書貸して!」
「悪いけど、俺んち辞書なんてないんだよね」

身の危険を感じたは半涙目になって訴えるが、鼻で笑われてしまった。
帰国子女様には辞書なんて必要ないらしい。
重いのを我慢して家から持ってくれば良かったと、今更になっては激しく後悔した。

「リョーマ君は数学のプリントあるでしょ!」
「計算だけだからもう終わった」

よくよく見るとプリントはすべて埋め尽くされていて、残った彼の宿題は分厚い英語のテキストのみ。
リョーマにとっては絵本のようなものだろう。
真っ赤になって身を固くするを促して、リョーマは英文の続きを教え始めた。

「さっ、べんきょーべんきょー」



「ほあら〜」

外では相変わらず、セミの声が響いている。
宿題そっちのけでじゃれあい始めたリョーマとに、いつの間にか起きていたカルピンが渇を入れるように鳴きだした。