Love Ring 後編
部屋に置いてある姿見の前で、はくるりと回り後ろ姿を確認した。
壁に掛かっている時計を見ると、慌てて上着を着て小さなバッグを掴んで玄関に向かった。
日曜日である今日、リョーマは朝から夕方までテニスの練習をしているが二人は近くの公園で待ち合わせをしている。
もともと土日のどちらかは必ず会うと約束をしているのだが、昨日はリョーマに用事があり会うことが出来なかった。
その為、短い時間にはなるがこうして夕方から出かける準備をしていたのだ。
靴を履く音に気付いた母親がリビングからひょっこりと顔を出した。
「、夕飯はいらないのね?」
「うん!リョーマ君と食べてくるから」
嬉しそうな娘の表情に、母親もつられて頬が緩む。
「遅くならないようにするのよ」
「はーい!」
お気に入りの靴を履いて玄関を飛び出すと、は小走りで待ち合わせの場所へと向かった。
少し息を切らしてたどり着いた公園の中には、すでにベンチに座っているリョーマの姿が見える。
手を振って駆け寄ると、空けたばかりのファンタを手渡してくれた。
「走ってノド乾いてるんじゃない?」
「えへへ・・・ありがと」
爽やかなグレープ味でノドを潤し隣に座ると、彼の髪からシャンプーの香りがした。
部活後、一度家に帰りシャワーを浴びてきたんだろう、それでも先に公園に来たということは、思ったよりも早く終わったのかもしれない。
ごちそうさまと飲み終わったファンタを返した時、はふと気付く。
いつもバッグは持ち歩かないリョーマが、小さな紙袋を傍に置いていた。
珍しいことに中身が気になるが、それ以上に彼の態度がいつもと違う。
心なしかソワソワしているように見えて、何かあったのかと思案しているとリョーマがじっと自分を見ていることに気付いた。
そしておもむろに口を開く。
「ねぇ」
「は・・・はい」
真剣な眼差しに思わず背筋が伸びる。
「はさ、誰の彼女?」
突然の質問にしばらくポカンとしていると、ねぇと答えを促すように手を握られる。
ようやく何を言われたのか気付いたが、耳まで真っ赤になった。
「い、い、いきなり何を・・・!」
「誰の?」
詰め寄るリョーマに気圧されたのか、は恥ずかしさで震える声を懸命に絞り出す。
「えっと・・・リョ・・・」
「聞こえない」
「リョーマ君、のっ」
「ちゃんと俺の目、見て」
この公園にいるのは自分たちだけではない。
周囲を気にするとは正反対に、リョーマは答えを求めている。
恐る恐る顔を上げると、夕日の光を宿した綺麗な瞳がこちらを見つめていた。
こくり、との喉が動く。
「リョーマ君の・・・か、彼女・・・ですっ」
半ばヤケ気味になって言うと、満足したのかリョーマはようやく手を放した。
そしてホッと大きく胸をなで下ろすの髪を優しく撫でる。
「俺のものにする、とは言わない」
「・・・?」
「は隣を歩いてくれるし、俺もの隣を歩く。だけど」
困惑している彼女に紙袋を手渡す。
中を見るように促すと、そこにはピンク色のリボンがかかった小さな白い箱が入っていた。
箱に印刷されている文字は、が好きなアクセサリーショップのものだ。
「え・・・これって・・・?」
「ま、いわゆる虫除けってやつ」
リョーマに促されリボンを解き箱を開けると、シルバーの指輪がの目に飛び込んできた。
細身のシンプルなデザインに小さな石が嵌めこまれ、裏側には二人の名前の頭文字が彫られている。
「これ、ピンキーリング・・・?」
「そ」
「可愛い・・・。でも、どうして?誕生日でもないのに」
「だから虫除け。に近寄る虫が減りますよーに」
ようやく理解し始めた彼女に苦笑しながらも指輪をつまむと、リョーマはの左手をそっと取る。
そしてゆっくりと、その小指に嵌めた。
「隣を歩くのは、いつも俺であるように。・・・薬指は、とっておきたいでしょ?」
驚きに染まっていたの顔が徐々に赤みを帯び、華のような笑顔を散らした。
ありがとうとお礼を言い終わると同時にポロポロと涙を零したの頭を、リョーマはポンと叩いた。
「ナキムシ」
「だって・・・」
意地悪な彼の言葉が、今日はいつも以上に優しく耳に届く。
想いの詰まったピンキーリングは光を放ち、まるでいつも彼が傍にいるようだった。
怖すぎるほどの幸せを感じながら、はそっと光る指輪に手を添えた。
*おまけ* (会話文のみ)
「そっかぁ。それでが、私に色々指輪をつけさせたんだ」
「そ。合っててよかったよ」
「うん、サイズピッタリだよ♪・・・でも、どうして急に?」
「別に・・・虫除けは早い方がいいでしょ」
「そ、そんな、虫除けっていう程・・・」
「俺の苦労も分かってよね。は自覚ないんだから」
「えぇー・・・」
「ま、とにかく付けてて、その指輪。・・・あんま高いもんじゃないけど」
「ううん・・・本当にありがとう!すっごく嬉しいよ!」
「・・・効果、あると思うんだけど」
「虫除け、の?」
「ま・・・他にも、色々」
「?」
左手の小指に指輪をつけるのは、恋のお守りに最適なんだってさ、。