携 帯 小 話
昼休みの時間は、たぶん俺にとってはその日一日の中で一番平和な時だ。
穏やかな気候の時期は屋上で過ごすにはもってこい、隣にがいて他愛もない話をしながら
飯を食う、この時間が好きだった。
だけどたまに、招いてもいない来客がやってくることがある。
「やっほーおチビ!」
「やぁ越前、さん」
今日も変わらず昼休みの屋上でと昼飯を食べていると、不二先輩と菊丸先輩が屋上のドアを開けてやってきた。
正直邪魔というのが本音だけれど、隣に座るが笑顔を見せるのだから無下にするわけにもいかない。
「菊丸先輩に不二先輩!こんにちは〜」
弁当を食べる手を止め二人に明るく挨拶をする彼女に倣い、俺も軽く頭を下げた。
やってくるなり迷いなくの隣に座りこんだ不二先輩に軽く腹が立ち、彼女との間隔を詰めるように傍に寄る。
すると菊丸先輩が俺の手元を覗き込んできたので、今度は弁当を守るはめになった。
のんびりしていたはずの空気が一転して騒々しくなりかける。
一体この人たちは何をしに来たのかとちらりと不二先輩に目を向けた瞬間、彼はまるで見計らったように口を開いた。
「桃から聞いたんだけど、さん、携帯買ったんだって?」
「はい!昨日買いに行ったんです♪」
会話の内容がまったく思いもよらないもので、俺はすべての行動がストップした。
箸が止まったことにも気づかない菊丸先輩が、目標を弁当からへと変更する。
「ちゃん携帯買ったの!?番号教えてよ!」
「あ、僕にも教えて?」
「はい!」
そう言っては嬉しそうにスカートのポケットから新品の携帯を取り出した。
薄いピンク色をした細身のデザインで、買ったばかりだからかストラップはまだついていない。
「うわっ、一番新しいやつじゃん!」
「さんらしい色だね。じゃあ赤外線で・・・」
三人揃って携帯を突き出し何やら操作を始めた傍で、俺は会話についていけず黙々と弁当を食べ続けた。
いったいはいつ携帯を買ったのか、もしかしたら昨日の日曜に親と買いに行ったのかもしれない。
だけどそんなこと一言も言っていなかった、いや、別に言ってほしいというわけではない。
ただ、こうして他のやつに先を越されるのが気に食わないのだ。
番号とアドレスを交換し終わったらしい二人は、またねと言いながら教室に戻っていった。
どうやら携帯番号とアドレスを聞くためだけに屋上に来たらしい。
は食べかけの弁当そっちのけで、何やら携帯にいそしんでいる。
弁当そっちのけって言うより、俺そっちのけだ。
自分の独占欲の強さに呆れながらも、携帯の画面に見入っているに声をかける。
「いつ買ったの?」
「ん・・・昨日。お母さんと買いに行ったんだ」
「ふーん・・・」
作業を終えたは携帯をしまい、箸を持ち直して口籠った。
「・・・ほんとはね」
「ん?」
「リョーマ君に、一番初めに言いたかったんだ。携帯買ったよ、って」
でも言うの忘れちゃってた、そう恥ずかしそうにモゴモゴ言われると、俺の醜い独占欲の塊が消えていくのを感じた。
果たして自分はこんなにも単純な性格だったのか。
「ね、リョーマ君は携帯買わないの?」
「・・・別に、必要ないし」
素っ気ない返事に、は残念そうに弁当を食べ始める。
再び戻り始めた静かな空気を感じながら、俺の意識はどこか違うところへ飛んでいた。
周囲に携帯を持っている奴は多い。
むしろ持っていない奴を数えた方が早いというくらいだ。
俺はもちろん後者に入るのだが、自分には大して必要ない、だからいらないと今の今まで思っていた。
その日の部活、の携帯のことを話している不二先輩と菊丸先輩の声がやけに耳障りに感じた。
毎日メールしちゃおうかな、とかふざけたこと言っている菊丸先輩にツイストサーブをかまし、
越前はまだ携帯持ってないの?なんて白々しく聞いてくる不二先輩に、めちゃくちゃ無愛想に答える。
そして桃先輩の、お前も早く携帯買えよというその言葉に、俺は結局小さく頷くことになる。
もちろん、これはにはまだ内緒だ。
家族や周りのやつらにどんなに言われても微塵も欲しいとも思わなかったというのに、
彼女が携帯を持っているというだけで、自分の気持ちはこんなにも容易く変わるなんて、単純にも程がある。
「俺もまだまだだね」
ひょっとしたら、これが愛の力ってやつ?