名前を呼ばれる。視線を向ける。目が合う。
目と目が、合う。
それは一瞬の出来事、きっと一秒にも満たない瞬間の中で、私の心は狂ったように動き出す。
「ねぇ、」
そうしてまた、彼が私を呼んだ。
Eye.
「なーに?リョーマ君」
上がった体温に気付かないフリをして胸の鼓動を抑え冷静を装うと、シャーペンを握る私の手が無意識のうちに強くなる。
本当は返事をするだけで精一杯だと言ったら、きっと彼は笑うだろう。
「辞書貸してくんない?」
「あ、うん。いいよ」
リョーマ君と向き合って座る机から立ち上がり、部屋の引き出しから辞書を取り出す。
彼に手渡すと、再びベッドを背もたれにして座った。
辞書を受け取り、苦手な国語のプリントと対峙するため面倒くさそうに調べ始めた彼は、普段のコート上でいる時とはまるで別人だ。
顎に手をつきしかめっ面でページをめくるその姿が、なんだか可笑しくて思わず笑ってしまう。
その瞬間に、ほら、リョーマ君の大きな瞳が、私をジッと見つめている。
そうして私は、また・・・
「何、笑ってんのさ」
「ん、別に〜」
捉えられた視線から逃れるように、私は自分のプリントに目を落とす。
冷静になれと言い聞かせても、頬は熱くて鼓動の速度はなかなかすぐには緩まらない。
本当は、無機質な文字が並ぶ紙切れよりも強くて暖かいリョーマ君の瞳を見ていたい。
その大きな瞳に、私だけを映して欲しいんだ。
そんな言葉、恥ずかしくてとても言えやしないけれど。
ページをめくる手を休めて、リョーマ君が眠そうに目をこすった。
時計を見ると針はちょうど三時を指している。
「休憩する?」
ただひたすら宿題に集中するのも飽きてきた。
おやつの時間だしお煎餅でも持ってこようか、そう思い立ち上がりかけた時ふと彼に腕を掴まれる。
そしてまた、目が合うんだ。
「どこ行くの?」
「え、どこって・・・おやつ持ってこようかなって」
「いいよ。そこ座ってて」
「?」
言われたとおりに座り直すと、リョーマ君はシャーペンを置いて私の隣までやってきた。
宿題が乗っかっている小さな机を少し脇に寄せ、ポカンとしている私に正座をするように促すと、そのまま彼は私の膝に頭を乗せた。
「リョ、リョーマ君っ・・・」
躊躇いもなくされた突然の膝枕に、せっかく静まった鼓動が再び速さを増してしまった。
当の本人は涼しい顔でじっとこちらを見上げていて、いつもと違う目線だけど私の心はやっぱりかき乱される。
慣れない体勢が恥ずかしくてたまらないはずなのに、どうしてこの目は逸らせないんだろう。
「少しだけだから・・・いいでしょ」
「もう・・・しょーがないなあ」
心底しょうがないというようにわざと膨れっ面で顔を逸らすと、リョーマ君の小さな笑い声が聞こえた。
それにつられて思わず笑みを零せば、そこにあるのはいつもの瞳。
目が合うというこの短い瞬間に、私の心はリョーマ君でいっぱいになっていく。
そうしてまた何度も何度も、私は恋におちていくのだ。